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お薦め本

「交わりを求めて」

昨日の「ミサ」の本は、気分が悪くなった

出版社は新世社、名古屋のみこころセンター

でも、良書もある

「交わりを求めて」
 ―典礼とそのコミュニケーション―
 ルイ・グロランベール 著
 フランスのモンベリアール教区典礼委員会責任者

    
例によって例の如く、乱読から入って

瞬時に見分けた

それは

開祭の挨拶の箇所

「司式者の挨拶は意義深いものです。
祭壇に挨拶した後、司式者はそこに留まりません。
祭壇を御言葉の場としないためです。
自分の席に行き、『主は皆さんとともに』 あるいはミサ典書の他の言葉で挨拶を行うために会衆の方へ向き直ります。
これは欠かしてはならないコミュニケーションです。
司会者はテレビのゲーム司会者と違って、大きな興奮を起こさせることを意図していません。
いつも謙遜にご自分を現わしておられるキリストの姿を持ち続けます。
会衆が司祭の挨拶に「また あなたの霊とともに」と応答します〔日本では『また 司祭とともに』〕。
ある人々はこの言葉をよく理解せず、『また あなたとともに』の語に取り替えようとします。
しかし、これは視聴者の親近感に付け込む番組の司会者に対して行われるような応答になりかねません。
『また あなたの霊とともに』と応えることによって典礼の集会は、司祭に教会の頭であるキリストの象徴的役割を果たすために聖霊によって召し出され、叙階されたことを思い起こさせます。
ですから、『また あなたの霊とともに』の応答に司祭が自分の声を加えないことは言うまでもありません。」


ここを読んですぐに ピンポーーン! 当ったりー!

現典礼の日本の訳がおかしいのは一目瞭然

「また あなたとともに」ほど酷くはないけど

「また 司祭とともに」は 中途半端ーー!

「また あなたの霊とともに」 なんだよーー!


この他にも、いろいろと典礼に奉仕する上での注意点などが

霊的に解説され、書かれている 

良書です

なんとなく書き方がフランス人っぽい。

少ーーし 皮肉って書いていたり・・・(笑)

何となく日本の現状とダブってしまう


実はこの本、昨年の教区の典礼研修会で

京都教区司祭の森田直樹師(中央協議会典礼委員?)が講演され

その後の質疑応答で、朗読奉仕についての質問があった際に

答えと共に紹介された本

その講演の内容が、
新しい典礼を目指しているようなことを仰っていたので

一応、本はお取り寄せしたものの、なかなか手が伸びず、

つんどく(積ん読)状態

で、ある日、何気なくパラパラとページをめくると・・・

おーーーーっと いい本!

答唱詩編の詩編唱者は、ベルカント法で歌ってはいけないと、

ちゃんと書かれていたりする


友人の所属教会でソリストが

詩編をベルカント法で華々しく、情感たっぷりに歌って・・・

それは詩編の歌い方ではないと注意しても

自信たっぷり、聞く耳持たぬ状態で困っていたので

この本を紹介すると、すごく喜んでいた

そういう自信たっぷりのソリストには

権威あるお方のお言葉でなければ、通用しないようで

なんか 違う!

典礼奉仕は発表会ではなく 奉仕なんだから

謙遜な姿勢が求められるのでは?

友人はこのコピーを盾に、歌唱法の変更を要求するみたい


この本は、典礼奉仕を勉強するのには良書ですが

所属教会のミサの現状とのギャップに落ち込む可能性も・・・

なんせ、日本の特に大阪教区の典礼は

カテドラルのシナピス関連ミサから崩れていくから深刻


まぁ、うちのように第1や第2朗読中に

香部屋に忘れ物を 祭壇を空にして

司祭が自ら取りに行くといった

愚行をする司祭は、そんなにいないでしょうが

奉仕者が朗読中に 移動することさえ いけないと書かれている

うちの司祭に読んでもらいたい一冊

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