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統一協会

統一協会:①文鮮明

政治的に保守、
また教会においても伝統保守派だと
どういうわけか、

統一協会

ピオ10世会

との噂をたてられる



でも、これを流す人たちは、
本当に統一協会を知っているのか???


ほぼ、詳しくは知らない人が、
噂に同調しているとしか思えない


ピオ10世会については
私の掲示板で昨年、さんざん批判した


今回は、統一協会について
簡単に考察したいと思う





教祖の文鮮明 『淫教のメシア文鮮明伝』より

この本を最初に読んだのは、20年ほど前になる
改めて読んでみて、ずっこけてしまった

で、本来なら隠しておきたいようなことを
実にペラペラと、ご本人も幹部も話している




本名:文龍明

現・北朝鮮の平安北道定州郡で文慶裕の次男として生まれる

「師はこの上もなく愛の深い両親のもとで、
兄一人姉三人そして妹三人の八人兄弟の中で育てられた。
師の生まれた部落は通常『文村』と呼ばれ、
こまやかな友愛で固く結ばれていた村であった。
『文』という姓は韓国でも珍しい姓で、
師の家は代々徳が高く、
旅人が近くを通りかかったら必ず文家を訪れた程で、
客人へのもてなしが厚く、
誰からも慕われた良い家柄であった」(『半生』)


実際は、精神病の家系だったらしい


野村健二統一思想研究所所長が1975年に書いた
『文鮮明先生の半生-血と汗と涙』という伝記より
 
「文少年の十五歳の頃、
わざわいはさらに文少年自体の家にやって来た。
二番目の姉さんが発狂し、
上を下への大騒ぎをしている時、
兄さんまでが精神異常となった。
ふだんは大人しい性格なのに、ばか力を出し、
自分に従わぬ者は殺してしまうとどなって、
屋上に飛びあがったり、飛び降りたり・・・
仕方なく手錠をはめたら、
監視の目を盗んで手錠のまま逃げだし、
はては怪力で手錠を壊してしまうという始末、
文家の人々はこれはただごとではないと悟り、
勧められてキリスト教に入信した」


文鮮明の少年時代について
初期の幹部は説教の中でこう述べている

「先生は、十二、三歳まではバクチの選手だった。
よくやった。これは男の気質に合う」

これは、まともな少年時代ではない!



16歳の復活祭の朝にイエスが出現して
「2000年前の私の使命が全うされていない。
未だ罪の中から苦しんでいる人類を救ってほしい」
と言ったと主張している


これが、またもや疑わしい
というか、大嘘と断言できる


まず、教義的にイエズスが
「私の使命が全うされていない」
というわけがない

使命を全うして天に昇られたというのが教義
これは、プロテスタントにしても同じ

ここからも、統一協会が、キリスト教ではないのは明らか

これでは、イエズスが使命を全うできなかった・失敗したと
言っているようなもの

「神の子」「救い主」の否定



でも、珍しいことではない

モルモン教のヨゼフ・スミスも同じように
15歳で神の啓示を受けたと言っている


異端の常とう句



また、ご出現を受けるような人物かどうか


私立京城商工実務学校在学中に、
キリスト教と自称しながら、
混淫・血分け派の
李龍道のイエス教会に熱心に通っていたのだ




その後、約2年間は不明だが、
日本の官警の厳しい監視と追及から
追われる地下生活だったようだ


1941年、早稲田大学電気科に遊学を主張するが、

実際には、早稲田大学理工学部の施設を借りていた
夜学の「早稲田大学付属高等工学校」に在学
1943年9月、戦時の繰り上げ卒業

車引きなどの肉体労働をしながら、
街を行きかう日本人にコンプレックスを抱きつつ、
そんな中でも痴漢まがいの研究?行いをしていた

どこまでも、エロい!

この協会の創設期には、
幹部は親しみを持たせようとしたのか?
かなり、文鮮明の過去を
そのまま説教などで話している


時の経過、協会の拡大と共に
「神の子=文鮮明」を印象付けるため
過去を脚色・捏造したようだ

1944年、朝鮮に戻り、鹿島組の電気技師として働き、終戦を迎える

終戦により、日本の統治は終わり、
統制されていた邪淫宗教も野放し状態となる

1946年、26歳で、
混淫・血分け派の巨匠・金百文の
イスラエル修道院なるものに弟子入りし、
半年間薫陶を受けている


そして、統一協会の教義なるものは、
この金百文からのパクリ



その後、混淫・血分け派のメッカだった平壌に行き、
お手つけする教会を立ち上げる

1946年8月11日、混淫による社会秩序混乱容疑で逮捕され、3か月勾留

1948年2月22日、強制結婚事件で逮捕、
   
   4月7日、懲役5年の判決

服役中に、朝鮮戦争が勃発し、
南に逃げる



釜山で、活動し、

1954年5月1日 ソウルで世界基督教統一神霊協会を開く

1955年、ミッションスクールの梨花女子大で、
女子大生と女性教授が入信し、次々とお手付きとなる

同年、7月4日、女性信者の不法監禁と
兵役逃れのための年齢を偽った容疑で逮捕

だが、10月4日には無罪放免されている



これは何を示すか・・・
確かに、お手付きとなった女性たちの家族が
世間体をはばかって告発しなかったのもあるだろう

だが、文鮮明は過去2回の北朝鮮での逮捕により、
強烈な反共産の性格があり、
KCIAの生みの親軍の諜報機関CIC(陸軍保安司令部)が
利用しようとした

釈放後、教団に軍や諜報機関の人間が加入している



日本にこの教義を持ち込み、
日本における統一協会の基礎を築いた人物 西川
それこそが、元韓国軍人である人物が浮かび上がる


西川は、密航船で渡来、
捕まって収容所に入れられるが脱走、
笹川良一が身元引受人になっていた



この統一協会の教義は、
キリスト者からは、忌み嫌われて当然のシロモノ

エデンの園からのエヴァの追放は、
神に食べてはならない善悪を知る木の実を
ヘビにそそのかされて食べたことによる

統一協会は、これを、エヴァが堕落した天使と性交をしたためとし、
サタンの悪の血統が繁殖されたとしている

この教団の、セック教たるゆえんである


すべては、そこから始まり
イエズスが全うできなかった使命を
文鮮明が全うすると教える



カトリックのミサ聖祭さえも、自分たちの教義に流用
最後の晩餐における主の約束を
血分けの儀式にすり替え
この血分けの儀式には、ぶどう酒に文鮮明の血を混ぜる
また一説によると、精液まで混ぜると言われている


教祖との性交によって罪が清められるという


洗礼ではなく、性交なのだ


それを求めて、多くの人が合同結婚式に駆り立てられていった

さすがに、協会の拡大と共に
教祖との性交は不可能となり
生み出されたのが、合同結婚式

多くの信者は、文鮮明の祝福をいただき
血分けの儀式(聖酒式)に与るために
合同結婚式に参加する

それも、文鮮明が気まぐれに決めた相手と結婚する


また協会では、朝鮮民族こそが
神から祝福された優生民族であるとしている

それを植民地支配した日本民族は、
朝鮮民族に償いのため
奉仕しなければならないとされている


この最後の姿勢については
正平協や中核派崩れの平和・人権団体の方が
あてはまるのだが・・・・
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