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介護の中で命を考える

大変遅くなりましたが

ご復活祭おめでとうございます

皆さんはこの喜びの季節
いかがお過ごしでしょうか


実は、今年の聖週間は、
枝の主日に母の急な入院で
付き添いなどのため教会には行けませんでした

この冬に軽い風邪をひいて以来
少しずつ痰がからむようになり
排出もうまくできないようで心配していたのですが・・・

嚥下性肺炎を起こしておりましたので
入院中、胃ろう(PEG)の手術をするかどうか
家族で決めるように求められました

両親はずっと以前、尊厳死協会に入会してましたので
尊厳ある終末を・・・ということで
クオリティ・ライフを考慮し
お断りしました

いくら望んでいても
最後はどのようになるかはわかりませんが
家族としてどのようにそれまでの日々を
送らせてあげられるか・・・

胃ろうをすると
食べ物が誤嚥で肺に入ることはなくなりますが
唾液や痰が入ることもあるので完全ではなく
完全ではないのならば
食べ物を自分の口で味わいながら食べることを
大切にしてあげたいと思いました


幸い、肺炎が治まると、容体も落ち着き
食欲も医師や看護師の方々が驚くほどの回復で
2週間足らずで退院となりました

入院中に看護師の方から吸引機の扱い方の講習を受け
自宅に吸引機を購入し
準備万端整えての退院でした

今回の入院を機に、
今まで服用していた抗精神薬もすべてを中止し
改めて、最小限の薬の服用に変えていただいたおかげで
入院前まではうつろな目で
毎日うとうとと寝てばかりいたのが
驚くほど日に日に目には力が出て
言葉も出てくるようになりました
言葉も単語から文章にかわりました

毎日、嚥下食として
すり潰したり、トロミをつけたりして
少々手間はかかりますが
なるべく、家族と同じようなものを食べられるように
工夫して調理しています


まだ介護認定がおりていないのですが
訪問看護に週に2回来ていただき
また病院から紹介された医師には
月に2回往診していただき
健康管理をしていただいております


入院まで、介護サービスを何一つ受けず
家族だけで世話をしてきたのですが
これからは専門家の方々の
アドバイスやご協力も頂けることになり
現在、環境整備中です


このような母と、その後を追うような父
二人を看ながら
人の一生、命の重さを感じています


もう二月ほど前になるでしょうか

NHKで介護の特集番組があり
その中で一般参加者の方が
「介護保険を導入するときに
介護は社会がすることになったはずなのに・・・」
と発言され、唖然としたものです

介護は大変です

一人暮らしならば仕方ないでしょう

でも、家族がいながら
社会に任せてしまうという考え方
この考え方は恐ろしいなと思いました

まずカトリック的ではないですよね

家族とともに社会も看る
そういうことだと思います

介護は女性のすること
家族だけで看るものというような
昔ながらの考え方も残ります

実際、我が家の父や兄も・・・

今回の入院によって
それでは済まなくなったため
やむを得ず・・・といったところですが

「家族ではなく社会が・・・」
「家族だけで・・・」
このどちらも偏りすぎるのは困りものです

人生50年、60年と言われた頃から
今では、90年といわれます

介護される方も介護する方も
最後まで笑顔を絶やさないために
心の余裕が必要なのかと思います


訪問看護師さんは
私が「介護鬱」になったり
倒れてしまうのでは・・・と
心配してくださってますが
お役所仕事ゆえか
介護認定に時間がかかり
介護環境が整わないので結構ハードな毎日です


まぁ、何とかなるでしょう・・・
コメント

同感です

お母様のご容態が良くなりますよう、またmaggieさんのご負担が軽くなりますようお祈りします。
関東に住んでる私の父親も、認知のほうがかなり進み、父と同居している母親の負担が非常に気がかりになってきました。
「家族とともに社会も看る」という考え。同感です。
私たちの教会も、政治的な問題に関わる前に、もっと身近な介護の問題に関わるべきなんでしょうね。

ちょっと言葉足らずでした

私がカトリック的ではないと書いたのは、家族ではなく社会が高齢者を看るべきという考え方で、やむを得ず施設に預けざるを得ないことを指すのではありません。

以前、ヤマギシ会という農業団体?がありましたが、家族の絆を断ち切り、夫婦という単位は認めても親子関係を希薄にするような、幼児期に親から離して子どもだけの共同体で育てるというシステムをとっていました。

共産主義による農業共同体なのでしょうが、洗脳行為による勧誘、子どもの虐待などが表面化して現在はどうなっているのか、よくわかりませんが・・・

「父母を敬え」と天主の十戒にあるように、家族を大切にすることが基本であり、反共産主義的でもあります。

その思いから、両親に適した環境として施設を選択することは否定されるべきではないと思っています。

ケニッチーさん、コメントをくださった方々へ

ご心配有り難うございます。

我が家の介護は、どうやら専門家の方々にとって、驚異の介護のようです。

退院後、体を支えていれば歩けるようになっていますので、なるべくトイレで用をたしてもらうようにしていますし、入浴もいろいろな介助用具を駆使しながら自宅浴室で入浴しています。

母は私よりも一回り大きいので大変ですが、知らず知らずに上腕に筋肉がついてしまいました。

私自身、更年期も重なり肉体的に無理が多いのですが、何よりも精神的なものが大きいと思います。
特に家族間でゴタゴタがあると気持も滅入ってしまいます。

現在のところ、ミサの時間と介護の時間とが調整不可能なため教会には時間的に行けないのですが、行けるようになっても、所属教会は精神的に疲れるので、遠くの教会に行きます。

精神的に疲れ果て、過敏になっているときに、教会掲示板の政治的ポスターなど見たくないし、お知らせで正平協関連の催しの案内を延々と聞くのは耐え難いので・・・

今の教会って『疲れた人はわたしのところに来なさい。休ませてあげよう』と主が招かれても、その疲れを何倍にも増大させ負わせる・・・そういうところになってしまっているのです。
悲しいですね。
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