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カトリック新聞から

正定事件の謎

以前に、中国の正定において
フランス人、ポーランド人、オランダ人他の
宣教師が殺された件で
オランダで列福調査が始まり
それに対して当時の池長大司教様が
東京教区のF神父様にメッセージを託され
オランダでのミサで読まれたことを
カトリック新聞が報道しました

その内容に疑問を感じることが多々あったために
「教会の政治的言動を憂慮する会」の有志が
公開質問書で、
その事実があったと判断された資料の公開を
お願いしておりましたが、公開はされず
仕方なく、有志で調査をしました

そのまとめとなる記事をご覧ください

【資料集】
http://www.yokohama-yamate.jp/ksy/front-seitei.html

【私たちの見解】
http://www.yokohama-yamate.jp/ksy/remarks.html

これは、カトリック内部の話で済む問題ではありません
日本の近代史問題でもあり、
資料によって裏付けされるべき話です

もし、この事実が確認されたならば
日本のカトリックとして
列福のためにもっと積極的に
祈りを呼びかけ、応援すべき話ですが
宙ぶらりんの状態のように感じます

どうなっているのでしょうか?
コメント

中国語のサイトでちょっと調べたところ

この事件を中国語のサイトで調べたところ、どうやら1946年に天津で発行された益世報なる新聞に掲載された記事が中国側(台湾含む)の依拠する史料になっているらしいです。

ところで、国立国会図書館の関西にある分館には、1946年の天津益世報のバックナンバーが揃っているということです。

この件で戦後の中国で裁判にかけられB・C級戦犯として処刑された、日本の軍人の方はいらっしゃるのでしょうか。
あの「百人斬り裁判」では二人が処刑されていますね。

マンチュリアンに関して

英文の資料中には「マンチュリアン」という表現が出てきますが、マンチュリアン(満州人)といっても、「満州国人」とは限らないと思います。というのは、張学良が満州を追われた時、彼に従って行動をともにし、最終的に張学良と共に国民党軍に組み込まれた満州出身者の兵士も少なからずいたはずだからです。それに、満州国軍がいわゆる支那事変に参戦していたのかどうかという疑問もあります。以上から「マンチュリアン」を「満州国人」と翻訳してしまうのは如何なものかと思います。

直近の話題なので、ここに書かせていただきます。

 はじめまして。
 反日サヨクと戦う宗教人のサイトを巡るうちに、ここに辿り着きました。
「ど」の字と申します。

 直近の話題なので、現在のカソリック関係者がどう考えどう行動しているか知りたく思い、書き込んでおります。
 現在、特定秘密保護法案が可決されたことを受け(それ以前から継続的にですが)、宗教関係者が日本で反対のデモをするだけでなく海外でも日本の悪評をばら撒いております。
 特にキリスト教関係はカソリックもプロテスタントも酷いです。日本がアンチキリストであるかのような滅茶苦茶な讒言もされていると聞き及びます。

 このようなジャパンディスカウントをする反日主義者の宗教を利用した動きに対して、古来からの宗教界はどう思っておられるのでしょうか?
 特にしっかりした組織を持っているカソリックがこの動きをどう思っているのか、知りたく思います。

 宗教界は反日を唱えて飯の種にする主義者に乗っ取られてしまったのでしょうか?
 良識を持って反日に異を唱える人は追い出されてしまったのでしょうか?

徳利とっくんさんへ

中国語ができないので、中国でどのような文書が残っているかわからないのですが、もし、中国語が分かる方がいらっしゃれば、内容などを教えていただければ幸いです。

戦犯についてですが、戦犯として処分されていれば記録が残るはずなのですが、戦犯として裁かれていないようです。

当時はオランダがインドネシアの件で厳しい態度を取っていましたので、自国の司祭が惨殺されたとすれば、見逃すはずはないと思うのですが・・・

催馬楽さんへ

「マンチュリアン」について、実に悩ましい言葉でした。どこで分類すべきなのか・・・民族的なものか、エリア的なものか。
当時から漢民族に混じっていたので、これは民族的なものというよりも、満州国の方から来た人物たちということではないか?と思えるのです。
当時の満州国軍もあまりしっかりした状態になく、脱走したりする者も多くいたようですし、烏合の衆のような不逞の集まりが存在したようで、戦死した日本兵の軍服をはぎ取ってきていた者もいたようです。
そういう意味で、満州国人という翻訳になったのかと思います。

戦史の専門家ではないので、困難な調査背はありましたが、信徒がこれほど憂慮し、司教協議会にオランダから提供された歴史資料を公開してほしいと要請しても、公開されなかったということに問題があります。
日本軍の歴史は日本人のものであって、日本カトリック司教団だけのものではなく、公式に謝罪文を出されるという行為において、日本カトリック司教団が真実の出来事と認定したに等しいのですから、これは国民全体に公開されるべき話です。

それを公開されないので、信徒として、ここまで調べましたとお知らせしているものです。

以前にも書きましたが、カトリック新聞社に問い合わせた結果、一般の問い合わせを右翼からの攻撃のように捉え、不実な対応をされていました。「カトリック新聞社で調査をして書いた記事であると」と答えたものの、信徒の問い合わせと分かった時点で、前述の言葉を訂正され、「探してみたけども、資料を見つけることができなかった」と仰ってました。

当時の司教協議会会長が公開されればいい話なのですが・・・

「ど」の字さんんへ

いろいろと、ご迷惑をおかけしております。

戦後、学生運動をしていた人たちが就職先として選んだのが、マスコミと宗教界とよく言われております。

カトリックの場合、誰でも司祭になれるわけでもなく、独身が要求されますので、入ってくるのは比較的困難だったのですが、プロテスタントとの交流を通じて、政治的言動をされる聖職者・修道者が増えました。
プロテスタントには、実際に、活動家が牧師となって、今も活動をしていますから、穏やかな一般の牧師の声は消され、主義主張の強い声に引っ張られて、今の状態にあると思います。

また、在日の方や韓国人の牧師の率も高いので、反日の姿勢はかなり強いようです。

日本のカトリックの場合、教皇庁駐日大使館にはかなりの数の現在の日本の教会の姿勢を憂慮する手紙が寄せられていると伺ったことがあります。

実際に、「教会の政治的言動を憂慮する会」も手紙を出し、私も一信徒として何回も出させていただいております。

自浄をお願いいたします。

「ど」の字です。
 御返答、ありがとうございます。
 放置なさっているわけではないようで、少し心が安らぎました。
 されど、現状が厳しいこともまた理解しました。

 かつて日本で徳川幕府がキリスト教を禁教した背景には、欧州の国家がキリスト教を征服の大義名分にしていたという事実がありました。
 色々な勢力がこの事実を隠蔽しようとしていますが、日本人は忘れておりません。欧州のキリスト教国家が、第二次世界大戦で日本に駆逐されるまで世界の植民地で何をしていたかも含めて。
 今また、宗教を隠れ蓑にした政治活動が活発になるなら、またしても日本で宗教界に対する怒りの世論が高まり、それに便乗して騒乱を巻き起こそうとする者を利する事になるのではないかと憂慮します。

 自分は、日本の宗教界で政治的発言をする者の中に、宗教界と政界を争わせ日本社会を不安定にすることを目的とする他国の工作員が居るのではないかと考えています。
 宗教界が自浄力を発揮されることをお願いいたします。

これ以上調べる余裕がありません

天津益世報にこの正定の事件に関する連載がなされたのは、1946年5月10日号から19日号までのようです。もしかすると、連載はもっと長期にわたったかもしれません。
国立国会図書館の関西館がこの時期の天津益世報を保有しているようです。暇があれば関西に行って是非とも入手したいところですが、残念ながらそんな余裕はありません。よって、今のところお教えできるのはここまでです。すみません。

徳利とっくんさんへ

調べていただいて有り難うございます。
中国語文献なので、取り扱いが困難なのですが、その期間に連載していたとしたら、戦犯として裁判にかかっていなければおかしいのですが、どうなっているんでしょうね。
憂慮する会には連絡します。
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