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回心と償いの人々


      
8月11日、聖クララ修道院での聖クララのお祝い日のミサに
フランシスコ会のルカ神父様と
コンベンツアル会の深堀神父様が共同司式された

ルカ神父様を見たとき、『おや?』と思った

ず――っとフランシスコ会はアミクトゥスを着用せず
カプチウム(頭巾)を祭服の上に出していた

【ミサ総則暫定版】
336 叙階と選任を受けたあらゆる段階の、すべての奉仕者に共通の祭服はアルバである。
アルバがチングルムなしでも体に合うように作られているのでなければ、
腰の回りをチングルムでしばる。
アルバが首の回りの平服を覆うのでなければ、
アルバを着用する前に首の回りにアミクトゥスをつける。・・・

フランシスコ会司祭のミサに与るたびに、違和感を感じていた

どうして、フランシスコ会だけが特別なんだろう?と

聖フランシスコは、ミサ聖祭をイエズスの十字架の死と愛そのものとして
誰よりも大切にし、何をおいてもミサ聖祭を荘厳にすることを望んだ

自分たちは貧しくても、その中でご聖体のためにはより良きものを準備した

ミサ聖祭、聖体は聖フランシスコの生き方の中心だった

修道者としてカプチウムを大切にするのはわかる

それは、修道初誓願式で与えられ、
誓願者にのみ着用を認められたものだから
修道誓願の証しでもある

昔、聖フランシスコの頃はただの頭巾だったから、
継ぎ接ぎだらけであったろうが
現在、下に着る修道服はヨレ~~としていても
カプチウムは型崩れすることなくきちんとした姿を保てるように
裏布に芯地を縫いつけている
3つの会ともそうである

だが、修道誓願の証しのカプチウムであっても平服なのである

あのカプチウムを祭服の上に出した姿は、不敬、傲慢を連想させた
小さき者として謙遜に生きた師父聖フランシスコが泣いていると思った

ミサ聖祭をあまりにも軽んじている!

今年の2月の日本26聖人の巡礼で、最後に感謝のミサがささげられた
その時、何と、共同司式の3人の司祭のうちの一人の司祭は
修道服の上にストラだけであった
巡礼の後であっても、聖堂で捧げられるミサ聖祭なのに・・・

巡礼の実りがこれなのか・・・一日歩いたのは何のため?
26聖人の信仰に倣うためではなかったのか?
ショックだった

それで、その時のことを フランシスコ会の祭服の着方も交えて
ネット上で取り上げさせていただいた


クララ会でのミサで 
アルバの下にちゃんとアミクトゥスを着用されている姿を見て
聖フランシスコも聖クララも喜んでいると思った

16日、フランシスコ会司祭のミサに与った
やはり、アミクトゥスを着用されていた

これは、日本管区で変わった?と思い
ネットでOFM日本管区アルバムの写真を調べた
3月20日の初誓願式は以前のままで
3月28日の荘厳誓願式から見事に切り替わっていた

そして大阪教区の聖香油ミサの写真も
金祝のウルバン神父様がアミクトゥスを着用されていた

今年は修道会創立800周年
回心と償いをする人々の集まりだから
聖フランシスコの大きな喜びになっただろう

だが、元管区長のあの人の最大の冒涜行為はそのままである

あまりにも大きな罪で、修道会日本管区だけでは償えない
修道会全体で償わなくてはならないほどの罪と思う

創立者アシジの聖フランシスコの精神に立ち返る年であってほしい!
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