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セルフ・インティンクション禁止


     
   

今日は教区の幹部K神父様の司式だった
NGOなどの団体も対人関係の問題で
内部でぎくしゃくしたりして
存続できなくなるお話だった

ことを教会の人間関係にあてはめても・・・
というお話だったと思う

・・・?定かではない
そうミサ前に服用した薬の関係で
zz ・・・zz・・・
まどろんでいた



派遣の祝福前のお知らせで
両形態の仕方について説明された
(Rickさんのブログを参照してください)
http://blogs.yahoo.co.jp/gh_punks/48647743.html

やり方の説明を何回も具体的に
これはダメです・・・こうするんですよ
と「授けられる」ことに照準を当てての説明

お爺ちゃんやお婆ちゃんにも分かるように

そこは、良かったのに

でも、神父様、あの説明はダメ!ダメ!

 日本の司教団で話し合って、聖体拝領の仕方が変わりました。
 ローマで決めたやり方を日本に持ってくるときに、日本の文化では、
 大切なものは両手を合わせていただくという習慣があって、口に入れてもらうなんて習慣はないので、
 手でいただくやり方を両形態でも、認めてくださいと、
 ずっとお願いしていたんですが、両形態では認められなくて
 正式に駄目となったので、日本もこれからはローマのやり方ですることになったんです。

お知らせなので、緊張感が緩み
その説明の駄目だしを友人と
こそこそとやってしまった

「ローマの決めたやり方を日本に持ってくるときに・・・」

普通は、そのまま、ローマのやり方を持ってきて
どうしてもやり辛いことだけを
日本における適応として申請して
認められたら、実行だと思う

日本司教団の適用として
まずは、勝手に変えて決めてしまって
聖座から「ダメ!」と言われても知らん顔で続け
何回もの駄目だしは、信者には内緒で・・・
「これが日本のやり方だ」と公言して
信者に聖座を裏切らせていたことになるんじゃ?

知らなかったことは罪にならないからと仰るでしょうが
罪とかではなく道義的な問題でもあり
その方法は誤りだと知っていた人は、苦しんだわけです

キリスト教的愛からゆるし合いはしますが
そのことで苦しんできた信者が多くいたということも
認識してほしいし、忘れないでほしい

保守的だと口撃対象とされてきたんですから

「ずっと・・・」

普通の感覚からは
一度、上からダメと言われたら、それに従いつつ
再度お願いするものなのではないだろうか

ダメと言われたことを 知らん顔で続けながら
お願いするというのは
日本では「厚顔無恥」と言う
子供の躾にもよくない

「口に入れてもらうのは日本の文化にはない」

それは、ヨーロッパだって もとはそうでしょ!
それが儀式で感謝のうちに繰り返すうちに
自然となり、キリスト教の習慣として定着していった

ようするに「跪き」と一緒
異文化の中で何を学びとるかで
外観ではないんですよ

受肉し、変えられていくんです

イエズス様の聖体と御血をいただくとき
それら文化の違いを超越した
霊的な合体の瞬間!! となる

奇蹟が行われるときに
私たちの文化にはないなんて言う?


ところで、最後に
プロテスタントの聖餐式を例に出したのはまずかった

 プロテスタントの聖餐式では、小さなガラスのおちょこに人数分入れてするんですけど
 そうしたら、それぞれが気兼ねせずに拝領出来るんですけど・・・

茫然自失・・・
あらあら、なんてことを仰るのかしら
後片付けで、小さなおちょこ全部に水を注ぎ、すすいで飲むと
司祭なり奉仕者のお腹はタップタップに水膨れ状態

考えられない!
どうしてそんな馬鹿なことを言うのかしら?

大体、これ以上、総則無視はやめていただきたい

ずっこけ状態で派遣の祝福を受け
閉祭の歌となった
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