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? ラッツィンガーの言葉 


                         天国の鍵を受け取るペトロ

 人の宗教的エネルギーを、彼らは政治的目的のために利用し、それを永遠の生命へ向かう
 キリスト教的緊張の逆転である地上における希望にのみ差し向ける。
 キリストの大義は、政治的革命の告知者たちによって提案されたそれと同じものだと心から
 信じこんでいる多くの信徒たちをだましているのは、聖書伝統のこの倒錯なのだ。

彼らには現世しかない
「来世(永遠)の生命を待ち望む」という信仰宣言を
信じているのだろうか

「天に宝を積む」という聖句を否定する言葉を
説教壇から何度 聞いたことだろう

「祈り」は軽視され
特に「犠牲」は目の敵にされた

「少し我慢したからと言って なんだと言うんだ」
「天に預金通帳みたいに 積立なんかできない」

「祈りを何回と数えることに何の意味があるんだ」
そうやって、伝統ある習慣「霊的花束」を追いやった

確かに回数が問題なのではない
回数というよりも、
それほど心をその人のために向けて祈りを捧げた
ということが大切なのだ

彼らは形に見えるものしか評価しない

日常の小さなことを愛の実践として行うことではなく
外に向けての華々しい活動を評価する

別に司祭に評価してもらわなくても神様は見ておられる

しかし、小さな行いは否定または無視され
何も実践していないと批判対象にされる

教会の指示する社会活動が判断基準であり
華々しいデモや署名活動で信者を評価する

「神の国はもう到来している。今が大切なんだ!」
という司祭の言葉には
イエズス様は来てくださった
この世、それも現実的な事柄だけが大切
それで終わりで
「永遠の生命」に向けたものは感じられない

 聖書と聖伝をたずさえて、兄弟として、この逸脱を通告しようとするやいなや、教会に寄り
 かかって権力を確保しようとする支配階級の「下僕」、「追従者」呼ばわりをされる。

小教区において、典礼の乱れがはびこり
それを指摘するとすぐに返ってくる言葉

「形式主義者」

教義の乱れを口にすると

「狂信者」「盲信者」

聖座の教書や指針を口にすると

「教皇盲信」「権威主義者」

そうして、批判対象にされ、問題信者扱いを受ける

ここには正義も愛も見出されない

日本のマスコミにおいて「民主主義と自由」が絶対視され
人間こそがすべてであって、神の存在は無視される

そして人間こそがすべてという思想から重なる
左傾化的色合いさえ感じられる

ニュースをショービジネスと合体させたかのような報道姿勢をとり、
教皇関連のニュースを
嘲笑を含んで否定的に偏向して報道する

しかし、その偏向報道から解き放つべき役割をもつはずの
カトリック新聞、教区報、高位聖職者の口からは
真の聖座のメッセージは伝えられず
却って、侮蔑的な言葉さえ耳にする

アド・リミナ(司教団の教皇庁定期訪問)を終えた高位聖職者の言葉

「教皇様は、思っていたよりも、やさしいお爺ちゃんでした」

その言葉をいかにも残念そうに、苦笑いしながら口にした

その前に、ある司祭から同じ言葉を聞いていた
しかし、その言葉は、
誤解していたけども、喜ばしいお知らせの言葉としてだった
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