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異端?

カール・ラーナー ?

このように私たちは、どれほど自分たちに困難に思われようとも、今日、歴史上の制約、局面の暫定性を伴う具体的な世界教会の中で生きている。そして教会はまさに今、その暫定的局面と制約の中にあるのであって、ともかくもまだ将来のより良い段階には達していない。こういう教会の中で私たちは生きなければならず、またローマにおけるイタリア的形式主義にも、耐える状態におかれざるをえない。それは何といっても、かしこにいる私たちの兄弟には自明なことなのであり、たとえ私たちが―兄弟として尊敬されていて―そうした問題における自分たちの願い、悩み、そして苦痛をはっきりと通告する権利があるとしてもそうなのである。

イエズス様から委ねられた首位権やヒエラルキーを
イタリア的形式主義としか見られない人たち

彼らを、どうしてローマ・カトリックと呼べるのだろう

苦痛としか考えられないなら、悩みの中から、
素直に受け止められる信仰を願っていただきたい

はじめに、彼はヨーロッパ的なものを否定していたが
結局は、イタリア的形式主義にターゲットを絞った

頭でっかちの、心から神に頼ることを知らないあなたたちを
可哀そうな隣人として見ることは出来ても
兄弟として尊敬するに値しないと思う

いくら理論を重ねても、神を畏れず
神から与えられた秩序を
自分たちの考える秩序に変えようとするあなた方を
もう友とも呼べない

可哀そうな隣人が
これ以上、人を惑わすことのないように祈るのみ

人々は、現実のひとつになった世界規模の世界史の内部での教会そのものの中で、教皇職が実際的に、全く新しい積極的機能をかちとることができると考えるかもしれない。その機能というのは、これまで教皇職が具体的には全然持っていなかったもので、今日私たちが本能的に探し求めているにもかかわらずおそらく他の場所で見いださないものであり、私たちカトリック教徒として希望と忍耐のうちに、教皇職について信じていることの、今ここでの具体的な結果と特徴として教皇職に対して是認しうるものなのである。

ここで、不遜にも、彼は、教皇職について
自分たちが職務を決めようとする

教皇様は、時代に沿って、自らが判断されて
キリスト者には神の教えを
そして非キリスト者にも
人間としての「良心」を目覚めさせるべく
世界中の人々に語りかけられる

しかし、それを歪めて伝えるマスコミがいる
特に、日本の左傾化著しい大手マスコミ
そして、それを増幅させるかのようなカトリック新聞
日本の教会の高位聖職者たち

本来の教皇様の愛の語りかけを歪め、冷笑し
批判対象にすり替えられている現状がある

彼らは、自分たちが望みうる教皇職
「世界の良心の表現」の行使であっても
結局は、権威を認めないのである
全面否定はせずに
そのように仕向けるしたたかさを感じる
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Author:maggie tonton
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