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正義と平和

カトリックは核兵器廃絶を求めてます!

ある所に、喧嘩を一切しない
優しいA男が住んでいました。
ある時、数え切れないほどの人を
一度に殺せる武器を作った人が
このA男なら喧嘩もしないから
預けておけば大丈夫だと思い、預けました。
すると、それを知ったB男は、
あいつなら戦わないから簡単に奪えると
A男を襲って恐ろしい武器を奪いました。
そして、気に入らない国にその武器を使い、
多くの人が死んでしまいました。



日曜日からずっと気分が悪くて
仕方がありませんでした。
あるブログを読んだために・・・

http://blog.zaq.ne.jp/otsuru/article/2303/
たとえば、アッシジのフランシスコ(教皇ヨハネ・パウロ2世は彼を「自然環境の保護の聖人」
とし、従順・清貧・貞潔に生きまた「聖フランシスコの平和の祈り」で有名、映画ではシスタームーン、ブラザーサンで有名です)
が いくら核兵器を持っていてもそれが悪の兵器とはならない。
今の世の中には、意識の高い、政治的リーダーがいないというお話でした。
(メモをとっていたわけではないので私の勝手な解釈かもしれません)


※映画の題名は
「ブラザーサン・シスタームーン」ですよね。
聖フランシスコの「太陽の賛歌」で
「兄弟なる太陽よ、姉妹なる月よ」と呼んだ言葉が
そのまま、題名となったのでしょう。

そしてブログ主は続けます。

神父様のお話はもっともなことです。

アッシジのフランシスコのような崇高な精神を持つ政治家がいたら
核兵器やそのほかの兵器は何の恐怖でもないのではないでしょうか
だからこそ、北朝鮮や中国が核兵器を持つことを私は憂いていますし
反核運動の人間は本来、中国の核実験や北朝鮮の核配備について
反対すべきが本当であるのに、それをはないのは欺瞞です。

これは私の個人的見解ですが
私は過去の英霊のような日本の崇高な精神を持つ政治家が表れれば
核抑止力を持つことは可能だと思いますし防衛には必要だと思います
核抑止力は広島・長崎の悲劇を繰り返さないためにも必要です。
しかし今の民主党政権では核武装はだめですし、人間のレベルが
高まらない限りは難しいと思います


このM教会のW神父様が
よりにもよって、フランシスコ会が創立した教会で
このような説教をされたというのはショックでした。

昨日や今日、M教会に来られた方には分からないでしょうが
フランシスコ会宣教師の神父様方の献身的なお姿を
心の奥深くに大切にしまっている信徒の心を
どれほど傷つけたことでしょうか。

まぁ、ブログ主が説教を
ちゃんと理解し書かれたのであればのことですが。

核兵器はどこまでいっても大量破壊兵器です。
恐怖の武器であることに変わりはありません。

こんなことにアシジの聖フランシスコを
利用しないでいただきたいです。

カトリック教会の姿勢ははっきりとしています。

教皇様は核兵器廃絶を訴えておられます。

「廃絶」とは、誰かならば、持ってもいい
というものではないのです。

核保有国すべてに核兵器放棄を訴え、
新たに核兵器を保有しようとする国がないようにと
願っておられるのです。

ヨハネ・パウロ2世の平和メッセージから
ベネディクト16世に引き継がれた
ずっと変わらない姿勢です。

自分の政治思想に得手勝手に
利用すべきではありません。


この記事を書けば、また粘着しているとか
批難されるのは分かっていても
カトリックの名で、教皇様の名を出して、
曲解したことを書かれていることを放置できません。

ここで書いているだけでは
大して意味をなさないでしょう。

教区に、W神父様の説教内容について、
直接、確認してほしいとお願いしました。

そして、誤っているならば、
ブログ主を指導して、
カトリックの方針が間違われないように
修正なり、削除をしていただきたいし、
残念ながら、その通りの説教をされたのならば、
教区長の判断にお任せするのみです。


この次の記事においても、この説教箇所は引用されます。
http://blog.zaq.ne.jp/otsuru/article/2304/

そして、あろうことか、永井隆博士をあげて
次のように書いています。

カトリックの被爆者でもある永井博士が
「神の摂理」を説く立場は
「反核平和思想」と相いれなかった


何をもってこのように書けるのか
不思議ですね。

確かに、原水禁や原水協に与しないでしょうが、
「反核兵器」であることは間違いないのです。

永井博士は、放射線学の研究のために
原爆の前に既に白血病になっていました。

自分の身を挺して、放射線医学の研究に専念され、
奥様を原爆で遺骨も残らないほどに焼き尽くされ、
そして、白血病という病身でありながらも
被爆者の治療に尽くされたのです。

この精神は、今は亡きお嬢さんの茅乃さんにも
受け継がれ、またそのお嬢さんへと
受け継がれているはずです。

ある取材に、浦上教会の信徒は
次のように答えました。

「ここに原爆が落とされたのは、雲の切れ間にこの町が見えたというその日の天候だけが理由で、本当は他の軍都や大都会が目的だったらしいのです。 山の谷間のような地形のここでなく、広い平野の町だったら、このなん百倍もの被害が出たかもしれない。
浦上は、人類史上最も悲惨な世界大戦に終止符を打つために、人間の罪の代償として天に捧げられた町だったと思います。」
http://sawarabituusin.cocolog-nifty.com/notebook/2007/08/post_52ef.html

そうやって、原爆を落とした人間を、
その国を、その国の人たちを憎む心を
平和を求める心へと変えたのです。

私も6年以上長崎に住んでいましたが、
原爆熱傷のケロイドで長年苦しんだ友人たちから、
原爆の恐ろしさ・恨みを何度も聞きましたが
落としたアメリカに対する憎しみなどは聞きませんでした。

長崎では、この原爆の日は
早朝のミサに始まり、
浦上教会からの祈りの行列で締めくくられます。

憎しみを超えた平和を求める祈りです。

正義と平和

韓国カトリック教会の非常識

伊藤博文暗殺の安重根が「準聖人」になるのか 
韓国カトリック教会が「福者」に推薦


2011/11/ 5 18:30
 初代韓国統監の伊藤博文を暗殺した民族活動家の安重根(アン・ジュングン)に対して、韓国のカトリック教会が「聖人」に準ずる「福者」に認定しようという動きを始めている。
韓国では「民族の英雄」とされるものの、日本では「テロリスト」と受け止める向きが多く、今後波紋を広げそうだ。

暗殺は「正当防衛であり、義挙」と韓国の枢機卿
 安は1879年に現在の北朝鮮・海州(ヘジュ)で生まれ、1909年に中国・ハルビンで伊藤博文を暗殺。その場で逮捕され、翌1910年に処刑された。安は1895年に洗礼を受けてカトリック信者になり、「トマス」という洗礼名も持っていた。ただし、伊藤の暗殺が殺人を禁じたカトリックの教義に反するとして、安は長い間カトリック信者だとは認められてこなかった。だが、1993年になって復権が認められている。聯合ニュースによると、復権当時、韓国人としては初めて枢機卿になった故・金寿煥氏は、安の行動を「正当防衛であり、義挙とみなすのが正当」などと暗殺を正当化したという。
それから20年近くたって、さらにその動きが加速しつつあるようだ。韓国メディアが2011年10月31日の報じたところによると、安を「聖人」に準じる「福者」に推薦しようという動きが進んでいる。なお、カトリック教会が正式に福者として認めることを「列福」という。
現時点では、韓国のカトリック教会のソウル大教区の「列福列聖準備委員会」が安を含む551人を列福推進対象者に選び、その上部組織にあたる韓国カトリック司教協議会の列福列聖司教特別委員会に名簿を提出。その内訳は、近現代の「信仰の証人」24人と、朝鮮王朝統治下の殉教者527人。
これら527人の推薦理由は「殉教者として卓越した信仰の模範を示した」というもので、推薦理由を示すための写真、手紙などの資料や、証言を収集しているという。

手続きは簡単ではない
 だが、これまでの列福の経緯を見ると、実際に列福されるまでのハードルは非常に高い。韓国の教会だけで列聖を決めることはできず、バチカンのローマ教皇庁に資料を送った上で、ローマ教皇庁が2度目の審査を行う。また、列福される人は、殉教者以外は最低1つの「奇跡」(超自然現象)を起こしている必要があり、調査には大変な時間がかかるとされる。
最近のケースでは、97年9月に死去したマザー・テレサは03年10月に、05年4月に死去したヨハネ・パウロ2世が11年5月に、それぞれ列福されているが、これは異例中の異例。数百年がかりになることも珍しくない。
例えば、日本人で最も最近に列福されたのは、08年のペトロ岐部ら188人。この188人はいずれも徳川幕府の禁教令による殉教で、1600年代前半のことだった。
http://www.j-cast.com/2011/11/05112270.html?p=1

これを読んで、感想は一言だけ

韓国の常識は世界の非常識

殺人者をいくら誤魔化しても
神の前では義人とはならない

「ギジン」でも
「義人」ではなく「偽人」


武器を持たない文民である伊藤博文を
銃撃して殺した犯人・安重根は
逮捕された瞬間
自分は戦争捕虜だと言ってのけた

戦争中ならば、即射殺が常識

どこまでも、女々しい男

大体、カトリックにおいて
殺人者が褒め称えられることはない。

それが如何に残虐非道な
ヒトラーや金日成、スターリン、毛沢東
のような極悪人であってもだ。

いくら国民がその殺人を正当化しようとも
キリスト教の教えからはそれに賛同してはならない。

昔、金寿煥枢機卿に近くでお会いしたこともある。
故人となった人のことをとやかく言うのは
私の主義には合わないのだが
金枢機卿についてはこれだけは指摘しておきたい。

彼の最大の過ち・・・
韓国が民主化した後
民族意識を高揚させるのではなく
真の福音化を目指すべきであったと思う。

その一つの現象として
安重根を義人としたこと

カトリックにおいて、キリスト教において
殺人を義としてはならない。

殉教というのは
信仰ゆえに命を落とすことであって
相手の命を奪い、
その結果として死刑になって死ぬことではない。

正当防衛?
相手は武器を持たず、
襲いかかってもいないのに、
わざわざハルピン駅まで出向いて銃撃するのを
正当防衛と呼ぶ?

安重根は、破門から外してもらっただけで
温情に値する。

それがどうして
福者になどなれようか・・・

カトリックでは、
神のしもべ→福者→聖人
この順に上げられていく。

神のしもべにも選ばれることはない。

彼を福者の候補とすることで
韓国カトリック教会の
異常な非常識さが際立つことだろう。

韓国がお得意の裏工作をしようとも
神の前には通用しないことを知っておくべきだ。

以前、日本の大司教・司教方が
安重根の墓地に巡礼団を率いて行かれた際、
バチカン駐日大使閣下に、その異常さを訴えた。

被害者の国である日本が、加害者の国の韓国から
謝罪を受けるのならば理解できるが
顕彰など、もっての外なのだ。

ご乱心にもほどがある。


最近とみに感じることがある。
韓国カトリック教会、韓国キリスト教会が
統一協会化している。

嘘をついてでも、優位に立ち
日本から謝罪と賠償をし続けさせようというのは
統一協会と全く同じなのだ。

正義と平和

牧師議員の暴挙・失態

民主・土肥氏「竹島領有権、日本は主張中止を」
韓国議員と共同宣言 会見まで 先月末


 わが国固有の領土にもかかわらず韓国が不法占拠を続けている竹島について、衆院政治倫理審査会会長で菅直人首相が主宰する政策グループ顧問の土肥隆一衆院議員(兵庫3区)が「日韓キリスト教議員連盟」の日本側会長として、日本政府に竹島の領有権主張中止などを求める同議連の日韓共同宣言に名を連ね、韓国の国会で共同記者会見していたことが9日、分かった。土肥氏は産経新聞の取材に「個人的には、竹島は日本の領土とは一概にはいえないのではと思っている」と話している。
 共同宣言文のタイトルは、「和解と平和を成す韓日両国の未来を開いていこう」。日本に対し「歴史教科書の歪曲(わいきょく)と独島(韓国が主張する竹島の名)領有権主張を直ちに中止する」などの3項目を要求。議連の日本側会長の土肥氏ら3人の連名としている。
 土肥氏によると、共同宣言は先月27日、韓国の植民地支配下の独立運動を記念した「3.1節」の関連行事の一つとして開催された、同議連の共同記者会見で発表された。
 土肥氏は日本側会長の立場で、日本から唯一出席。韓国には当日入り、式典の前に「この共同宣言を発表したい」と日本語訳が添付された宣言文案を渡され、内容を確認して了承、共同会見に臨んだという。
 土肥氏は産経新聞の取材に「共同宣言は外交交渉上有効になるようなものではない」と説明。「この議連は本来、キリスト教的精神で日韓問題を考えようという趣旨のもの。どちらか一方だけが悪いということにはならないはずだが、韓国では竹島、慰安婦、教科書、靖国に対する自国の主張を述べないと、日本と向き合ったことにならない」とも述べ、韓国側が作成した宣言文に理解を示した。
共同宣言は、韓国内では主要各紙が報道。会見した土肥氏らの写真も掲載された。土肥氏によると、同議連はキリスト教信者の両国の国会議員によって約11年前に発足。日本側は7人程度だが、韓国は国会議員の3分の2にあたる約150人が所属しているという。
 土肥氏は通称「菅グループ」と呼ばれる菅首相主宰の「国のかたち研究会」代表を務め、昨年9月の民主党代表選では菅首相の推薦人だった。
 ■「軽率すぎる行動」
 拓殖大の下條正男教授は「政権与党幹部の一人が韓国側の主張に沿う共同宣言を公の場で共同発表したことは、韓国側には『日本政府が韓国の領有権主張を認めた』と解釈される。軽率すぎる行動で、領土問題の根幹をまったく理解していない」と指摘している。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110309/plc11030914140020-n2.htm



この日本基督教団牧師の衆議院議員は、国民の非難を受けて記者会見をした。

http://www.ustream.tv/recorded/13221301#utm_campaign=unknown&utm_source=13221301&utm_medium=social

その中でも問題発言を繰り返していた
まず、この会見で一番耳ざわりだったのは
「韓国のために」というフレーズ
何回も繰り返し言っていた
この人は、日本の衆議院議員であって韓国の国会議員ではない
まず、日本のため、日本国民のために政治をしなくてはならない


ソウル生まれで、父親は朝鮮総督府に務めていたそうで
ソウルでの経験を述べていたが
「朝鮮人警官がいて、泥棒を厳しく罰していた」とか
「朝鮮語を使うと朝鮮人教師が殴った」とか
朝鮮人が朝鮮人に対してとった行動がどうして日本のせいなのか?
そして朝鮮総督府に務めていた父親は死ぬまで口を閉ざしていたらしいが
そりゃ、誇りを持って勤務していた父親を
迫害者としか見られない馬鹿息子に何を語れよう・・・


キム・ヨンジン議員の父親は強制連行で連れてこられ
終戦後、帰国した人らしいが
日本に対して憎しみに満ちた人らしい

でも、炭鉱での労働がきつかったといっても
危険を伴う炭鉱の最前線は経験豊富な日本人の鉱夫が担当していたんだけど
おそらく、半島では食料に困ることはなかったけども
戦争中の日本国内は食糧難で、国民皆が満足な食事を出来なかったんだけど
それを、差別されてまともに食べさせてもらえなかったと思ってるのでは?


こういう風に誤った歴史認識を持った牧師議員は
「韓国に対して負い目をもっている」
「韓国社会のために貢献しないといけない」だと


「日本が何をなすべきか、何をなさないでいるのかを考えてきた」
この答えはただ一つ!
正しい歴史を韓国に要求すべきで、
「嘘を言うな!」と言わずに来たのが間違いだったのだ


驚くことにこの牧師議員は3・1集会に行くと
朝鮮の民族衣装を身にまとって参加していたというのだ
どこまで韓国にへつらうのだろうか

今までは、よく話し合って合意事項を声明文にしていたのだそうだが
今回は、クム・ヨンジン議員(民主党)、ファン・ウヨ(ハンナラ党)が
土肥議員の名も印刷された声明文を最終段階で披歴し、
「おやっ?」と思ったが
5000人もの人が集まっている中で、そのまま見過ごしたそうだ


しかし、今までだって、慰安婦や教科書問題、靖国に対して
言いたい放題言わせてきたに違いない

靖国の戦死者を問題にするならば
ベトナム戦争でベトナム人をレイプし虐殺した兵士の眠る
国立墓地はどうなの?
ベトナムに謝罪をしたの?
ベトナムで虐殺をしてきた人たちを英雄としてるんじゃないの?

他国の教科書を問題にする前に
自国の教科書で併合前の憐れな国状を教えてる?
泥にまみれて不衛生極まりない中で生活してたんだよね
清潔な生活が出来るようになったのは
日本の社会資本整備のおかげと教えてる?


慰安婦は、当時、生活に困った家の娘は親に売られて
もしくは一獲千金を狙って売春婦募集に応じて
戦地売春婦になり、大金を稼いでいたんだよ

韓国人の痛みとすぐに言うけれど
日本の国会議員は、まず、自国民の痛みに耳を傾けなさいよ!

韓国の軍事政権が昭和27年に勝手に日本海に線引きをして以降
どれだけ多くの日本の漁民が拿捕され、抑留されたか
今も、両国共同管理の暫定水域内で、
韓国漁船が我が物顔で好き放題に漁をして
漁場を荒らし尽して、
日本海の漁業資源を如何に食いつぶしているか
一度荒らした海は、回復まで10年もかかるんだよ

韓国のために政治がしたいならば
韓国に移住して韓国人になればいい!

菅首相の側近グループのくせに
「国家を背負った意識がなかった」とよく言えるよね
国会議員とは、国家を背負ったものなんだよ
そんな非常識議員は、即刻、議員辞職しなさい!

「国益を言えば国益に縛られる。それを超えて韓国と結ばれたい」のならば
国会議員を辞めるしかないよね

キリスト者として「和解」を求めるそうだ
でも、その根底には真実がなくては
偽りの上にいくら「和解」を築いても
それは砂上の楼閣にしかならない

双方に寛容な態度を求めているけども
日本は今まで嘘ばかりを押しつけられ
言いたいことも言えずにただただ耐えてきたのだから
寛容すぎたとしか言えない

しかし、別段、韓国に寛容な態度は要求しない
ただ、嘘はつかないでほしいだけ

キリスト者として…というならば「嘘をつくな!」と要求すべき

記者会見での質疑応答で記者から尋ねられていたけれど
「同じ信仰を持つものとして(今回の件は)だまし討ちでは?」
そのお答えが、またもや驚くことに
「韓流」ということらしい・・・



韓国の痛みを知った者として交流を途絶えることはないそうで・・・

日本国民の痛みを知って、
変なことしか言えない交流はしないでほしい!!



時折、笑みを浮かべながらの会見は、謝罪会見ではないよね

岡田幹事長とは「弱ったねぇ」と話し合ったそうだ
その程度の認識しかないんだよね




脳内お花畑でいられる牧師や司祭が
政治に口出しするとロクなことがない

政治と宗教はある程度の距離を保っていないといけない

友人から聞いた話では
あるプロテスタント教会に初めて訪れた方が
がっかりして言ったそうだ
「説教台から政治の話を聞かされるとは思わなかった」
以後、訪れることはなかったそうで
神が呼びよせた(神から招かれた)人を
司祭や牧師が追い散らしているのだ

正義と平和

補佐司教講演会 ②

ハーグ平和アピール市民社会会議の
「10の基本原則」を紹介された

各国議会は、日本国憲法第9条のような、
政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべきである。・・・

これを言いたかったのだと思う
世界的に認められた憲法だと・・・


定例のインドのガンジーの非暴力を話されたのだが
インド人の男性が非暴力で抗議するのを
英兵が殴り倒しても、女性がすぐに運び出し
次にまた男性が抗議に前に進み出る
そしてまた殴り倒され…それの繰り返しで
英兵は彼らのパワーを恐れ、独立をゆるした

殴り倒されても、対峙することが大切なんだ
相手をじっと見つめるのが大切なんだ


で、定例の「剣を鞘におさめなさい」の聖句だけを
切り取ってお話になった

ペトロに対して言われた聖句は

「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。
わたしが父にお願いできないとでも思うのか。
お願いすれば、父は十二軍団以上の天使を
今すぐ送ってくださるであろう。
しかしそれでは、必ずこうなると書かれている
聖書の言葉がどうして実現されよう。」


神様のみ旨が実現されるの妨害してはならないと言われたので
神様のみ旨の実現とそれに対する従順を説いているのでは?
まるで、好き勝手に解釈する牧師さんのようだ


沖縄戦の話もされた
住民が逃げようにも日本軍が恐ろしくて逃げられなかったって

でも、本当?
日本軍は疎開を勧めたし
恐ろしかったのは、日本軍よりも地元民の防衛隊だったはず

日本軍が駐屯していた阿嘉島で、集団自決は起っていないし
逆に、日本軍がいなかった屋嘉比島で集団自決は起こっている
http://www.geocities.jp/syo_suke_jiji/kerama.html参照

こうやって、歴史はすり替えられていく

そして、例によって憲法問題になり
兵力について、現状維持なら憲法をかえなくていいと持論を展開

でも、兵力現状維持支持であっても
自衛隊(軍隊)は憲法に明記されるべきと思ってる国民は多いのに

自分たちに賛成しない人たちを色眼鏡で見る勧め?


私は、隣国が侵略したくなるような戦力では困るので
躊躇するくらいの兵力で、自国を護れるように

そして、命がけで職務についておられる自衛隊の方々が
誇りを持って職務を全うできるように憲法に明記すべきだと思う


民主党や司教方は何かというと「国連」を出すが
戦勝国連合の「国連」のおかげで止まった戦争などないし
何か、自国に都合が悪ければ、拒否権発動する国連
その国連の限界を知るべきだ

絵にかいた餅の「国連」であり、彼らの「平和」
大体、日本の国連大学の副学長につい最近までついていたのは
武者小路公秀氏だ
金日成に始まる主体思想研究者であり、賛美者

国連とはどういうものかを顕著に表わしていると思う

国連は大切な場ではあるが、絶対視してはいけないのだ

「絶対」は神のもの
願望は願望であって、現実ではない!

こういう内容の講話を1時間半以上聞かされた


どうやら、この講演会は
ブロックの社会活動委員会のためのものだったようだ
100人ほどの参加者のほとんどが、団塊の世代より上の年代


で、この講演会で、強く思ったものは

非暴力結構! フリッツ・ホルム結構!

それならば、尖閣諸島に武器も何も持たずに
憲法9条の会やピース9の聖職者やメンバーが上陸して
中国軍の前に、武器は持たずに歩み出ていただきたい
殴られて倒れたら、次の人が前に進み出て
中国軍人に対峙してほしい

そういう非暴力が通用する相手かどうか
自らの命をかけて実証してほしいものだ

正義と平和

補佐司教講演会 ①

日曜日、避難して行ったN教会で
よりにもよって補佐司教様の講演会があった

「信仰と平和」

別の集会で行ったのだけど
神父様が補佐司教様に遠慮なさったのか
私たちも一緒にその講演を聞く羽目に

資料まで皆さんに配布して力の入れよう
その講演会で、記憶に残ったものを紹介したい


第一バチカン公会議は教会を「閉じる」
そして絶対的権威を主張して、社会から教会をかい離させたんだと
切り捨てていらっしゃった


権威否定派の補佐司教としては、言いそうなことなんだけど
第一バチカン公会議では、
カトリック信仰に関する教義憲章「デイ・フィリウス」と
キリストの教会に関する教義憲章の第1部「パストル・エテルヌス」を
公布したんだけど

補佐司教様のおっしゃる絶対的権威って
「パストル・エテルヌス」のこと?

教皇の不可謬性と聖ペトロの首位権は
ローマ教皇において継続されるってものだからね

社会から教会をかい離させたっていうのは「デイ・フィリウス」?

これは、さまざまな誤謬を否定していったもので
そういう誤ったことを言う者は
「排斥される」
っていう厳しい内容だから

でも、良く考えれば、内容を言わずに
第一バチカン公会議を偏見で見るように信者を誘導するのは
「排斥される」人のことでは?

私はこの「排斥される」と書かれている内容の
脱線した話を司祭の口から何回となく聞いているけど・・・

こういう都合の悪いことはお話にならないんだね

で、あたかも第二バチカン公会議で全てが変わったかのように
えらく評価して話される


一部の方々のように第二バチカン公会議を否定したりしないけど
素晴らしい公会議を、踏みにじった者がいるのは明白

これ幸いと「これが第二バチカンの精神」って
逸脱?暴走していった聖職者が世界中に山ほどいた
そして、日本にも・・・

でも、第二バチカン公会議公文書には、
暴走をして行かれた方々の仰るようなことは書かれていなくて
順当なことしか書かれていない
要するに、得て勝手な解釈によって暴走したのだ


その後、教会と政治をひっつけるためにいろいろとお話になった

エルサルバドルのオスカル・ロメロ大司教
保守的と思われていた司教が
ミサ中に、人権侵害を指示する命令に兵士たちが従わないようにと説教をした後、
感謝の祭儀の前の祈りを終えた瞬間、狙撃されて亡くなった


生前、ヨハネ・パウロ2世とも会って話していたとか
ヨハネ・パウロ2世を水戸黄門の印ろうのように使わないでほしい!

解放の神学を排斥したのはヨハネ・パウロ2世だし
解放の神学派の司祭が政治と関わるのを排斥したのもヨハネ・パウロ2世
ここでも、得て勝手に前教皇の名を出す

軍事政権が、ロメロ司教を保守的と思って、当初歓迎したのは
教義的に保守であって、政治的に軍事政権擁護派ではないのに
誤解していただけでは?

教義保守派として、弱い者の味方になり
福音的判断を信者に呼びかけただけだと思う

当然、解放の神学とは異なるわけで
ただ、自身の国で行われている反福音的行為
人権弾圧や虐殺にNO!を言ったわけ


もう一人、例に出したのが
よりにもよって共産主義作家 小林多喜二

「絶望するには、いい人が多すぎる。
希望を持つには、悪いやつが多すぎる。
なにか網のようなものを担いで、
絶望から希望へ橋渡しをする人がいないものだろうか
…いや、いないことはない」


と、彼の言葉を紹介して
教会がその橋渡しになりたいのだと

結構なことだけど、どうして、わざわざ共産主義者で
戦前の官警から拷問にあって亡くなった人の言葉を引用するかなぁ?

意図的に警察への警戒感を刷り込みたいの?
常日頃、共産主義本に親しんでいるということ?


次に戦争を回避するためにということに代わり

第1回ハーグ会議で、
軽気球からの爆弾禁止やダムダム弾使用禁止
毒ガス使用禁止が決められた話

第2回ハーグ会議では、
戦争回避について話し合われ
中立宣言をするということも認められた
その代わりに、中立の国は、
仲介の義務や避難民の移送の義務が課されたという話

その後、資料に書かれた
「『戦争絶滅受け合い法案』
デンマークのフリック・ホルム陸軍大将起草」
を嬉々として紹介された

(但し、字を間違われたようで・・・)
「戦争絶滅請け合い法案」 デンマーク陸軍大将フリッツ・ホルム  
(こうすれば戦争が絶滅すること、請け合います)
 
「戦争行為の開始後、または宣戦布告の効力が生じた後、
 10時間以内に、次の処置をとること。
 すなわち、下の各項に当てはまる者を、最下級の兵卒として召集し、
 できるだけ早くその者たちを最前線に送り、
 敵の砲火の下に実戦に従わせること。

1.国家の元首。 ただし君主であろうと、
大統領であろうとかまわない、しかし男子であること。
2.国家の元首の男性の親族で16歳以上の者。
3.総理大臣、および各国務大臣と次官
4.国民により選出された立法府の男性の代議士。
ただし戦争に反対の投票をした者は除く。
5.キリスト教、または他の寺院の僧正、管長、
その他の高僧で、戦争に公に反対しなかった者。

 上記の兵卒としての有資格者は、
 戦争継続中、兵卒として召集されるべき者で、
 その場合に、本人の年齢や健康状態を
考慮してはならない。 
 ただし、健康状態については、
招集後、軍医の検査を受けさせる必要がある。 
 以上に加えて、
 上記の有資格者の妻・娘・姉妹等は、戦争継続中、
 看護婦または使役婦として召集し、
最も戦闘が激しい野戦病院に
 勤務させるべきである。」
 
(20世紀初めに本人が作成後、ヨーロッパ各国に配布。
日本では1929年長谷川如是閑が最初に紹介。)

私個人としては、こういうことを
信徒の面前で嬉々として話す人は
人間性を疑いたくなる

16歳以上というのは、少年兵なんだし・・・
過激としか言いようがない
人にはそれぞれ、タレントがあるのだから
何でもかんでも最前線にっていうのは
神様からのタレントを無視していることになるではないか!

戦争を始めたら、その戦争が如何に早期に
終結させるようにと努めることだって大切なのに

戦争が好きで戦争を開始する政治家なんて
ごくごく稀なんだから

(つづく)
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Author:maggie tonton
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